メディア志望から保育の世界へ
出会いとコミュニケーションを大切にする中で
自ずと開けてきた新たな道

「自分らしく働きたい」という思いはあっても、子育てや介護など、様々な理由で仕事に割ける時間が限られ、選択肢が少ないと感じている方も多いと思います。
他の誰かの「働き方」を知ることは、自分らしく働くための選択肢を増やすヒントになるかもしれません。
この記事が、あなたの背中を押すきっかけになればいいなと願っています。

お話を聞かせてくれた方

東島 奈津季 さん

30代。小学3年生の長女、幼稚園年長の長男、1歳の次女を子育て中。長野県出身。
新卒でガス会社の企画室に就職。3年ほど勤務したのち、結婚のため退職し、夫の故郷である福岡へ。ヒーローショーのMCを始めるが、長女の妊娠が分かり退職。その後、妊娠中や出産後もマネキン(宣伝販売促進員)や試験監督、テープリライトなど単発のアルバイトを経験。2019年12月のママドラフト会議をきっかけに、2020年1月に幼稚園の事務職として入職し、のちに同法人の保育園に保育補助として異動。子育て支援員の資格を得る。2021年5月末に第3子出産のため一旦退職したものの、2022年4月同法人の幼稚園に保育補助として復帰。二度目の保育士資格試験に挑戦し、8月に合格した。

ご経歴についてお聞かせください。

大学はメディア専攻だったため、卒業後は放送関係の仕事を希望していましたが、テレビ局や制作会社、どこの面接試験でも「結婚したら子どもと仕事、どっちを優先する?」という質問を受けました。「うちは子どもを優先する女性はいらないんだよ」と。
私は結婚もしたいし、子どもも育てたいので無理かなと、地元長野のガス会社に就職したんです。それでも、ガス会社の企画室でイベントの企画や料理教室の講師などを経験。お客様とコミュニケーションがとれる仕事は楽しかったですね。

結婚で福岡に来て、すぐにヒーローショーのMCを始めたのも、メディアの仕事に関心があり、人前で話すことが好きだったからです。妊娠を契機に辞めましたが、体力的な問題のほか、イベントの仕事は土日がメインなので、家族との時間がとれなくなる点で難しさを感じていました。

妊娠中や出産後もさまざまな仕事を経験されていますね。

母の影響が大きいですね。大手精密機器メーカーの正社員としてバリバリ働いてきた人なので、結婚しても働くのは当たり前という感覚がありました。

夫も「好きなことをやったらいいよ」という人で、働くことを応援してくれます。うちは夫がしっかりしていて真面目な人なので成り立っているというか、家事も育児も進んでやってくれる人です。私は夜に次女の授乳をしているので朝起きられないことがあるんですが、起きると息子のお預かりのお弁当ができていたり、洗濯物が干してあったり。夕飯後も、私が子どもたちとちょっとアニメを観ている間に洗い物が終わっていたりします(笑)。

現在の仕事に就いたきっかけについてお聞かせください。

2019年の夏、あるママ友から、再就職イベントのチラシをもらいました。ちょうど2人目の子が翌年から幼稚園に入園するのに合わせて仕事を探したいと思っていたため、参加することにしたのです。

そのイベントを通じてご縁があったのが、自宅から歩いて10分の距離にある幼稚園でした。想定していなかった分野、また経験のない事務職ということで迷いましたが、土日はしっかり休めるので家族と過ごせるなと。近くて素敵な外観の幼稚園であること、勤務時間も8:45~14:45と子育てに無理がないこと、そして、夫の「必要とされているところに行くのが一番いいんじゃない?」という声に後押しされて決めました。

幼稚園の事務職、入ってみていかがでしたか?

入ってみると仕事量はそうなくて、エクセルで書類を作る仕事もありましたが、何かを片付けたり、整理したりといった業務が大半でした。手が空くと、掃除ばかりしていたような気がします。「事務はあまり向いていないな…」と思っていたとき、幼稚園の隣にある同法人の保育園 (0~2歳児向けの企業主導型保育園)の職員が足りないとのことで、「東島に来てもらいたい」という話が出ていましたが、はっきりした時期や打診はありませんでした。

事務の先輩に「今の仕事で満足してる?東島先生にやる気があるなら、今のままじゃもったいないよ」と後押ししてもらい、保育園に書類を届けたときに「チャンス!」と思って、自らアピールしました。そして入職から4ヵ月後、保育園の保育補助職へ異動することができました。

自ら動いて得た保育園の保育補助職。今度はどうでしたか?

子育ての経験を生かせると思っていましたが、まず感じたのは、「保育と子育ては違う」ということでした。たとえば、食事のお世話。自分の子どもならできないことがあったら、ちょっと手を貸してしまうけど、保育ではNG。どこまで手を差し伸べたらいいかに迷いましたね。
2歳児クラスを担当していたんですが、翌年は隣の幼稚園に移る子たちなので、そこで困らないよう厳しく教えないといけない。関わり方の度合が難しく、休憩時間や片付けの合間にベテランの先生に相談したりして、乗り越える感じでしたね。

異動から半年ほど経った2021年1月、子育て支援員の資格を取得。ちょうど3人目の子がお腹にいた時でした。

3人目のお子さんを出産後、復帰に迷いはありませんでしたか?

産休に入るとき、職場の雰囲気や人間関係がよく、仕事も楽しかったので、産後は戻りたいと私が伝えたところ、「一旦退職扱いになるが、先生にその気持ちがあるならぜひ」と言っていただきました。また、その際に「お休み中に保育士資格を取ってみませんか?」と勧められたのでチャレンジすることにしました。出産後すぐに勉強を始め、10月の筆記試験を受験。さすがに準備不足で9科目中1科目落としてしまい、実技試験には進めませんでしたが。

今年の4月、同法人の幼稚園の保育補助として復帰しました。保育という仕事の魅力は、子どもたちの笑顔に毎日出会えることです。関わっている子どもたちから“先生、大好き”と言われるとうれしいですね。

5年後どうなっていたいと考えていますか?

ベテランの先生方を見ていると、本当に引き出しをたくさんお持ちで子どもの年齢に合わせた声かけ、一人ひとりの能力を引き出す保育の技量に感心します。いつか自分もと思いますし、何よりそんな環境で働けることは、自分の子育てにも少なからずプラスになっています。

復帰してから保育士試験に再チャレンジし、無事に合格。やっと目標へのスタートラインに立つことができました。今は短時間勤務ですが、5年後には自分の子どもたちも成長していますから、正社員になってクラス担任をしてみたいですね。

これから働きたいママたちへのメッセージをお願いします。

働き始める前は、毎朝の家事、長女・長男の送り出し、1歳の次女を自転車に乗せて出勤という怒涛のタイムスケジュールがこなせるだろうかと不安はありましたが、やってみると意外にできるんです。自分には無理なんて思わずに、一歩踏み出してみてください。再就職前は自己評価が低かった私ですが、今では「東島先生がいてくれて本当によかった」と職場で言ってもらえるようになりました。自信を持ってチャレンジして!と伝えたいです。

編集後記

取材中に「石橋は叩かないほうかな(笑)」と言われた東島さん。持ち前の明るさと行動力で「常に働くことに真摯に向き合ってきた人」という印象を受けました。考えるより、まずやってみる。そして「なんか違うな」と思ったら軌道修正すればいい。

想定外だった幼児教育の現場に飛び込み、悩みながらも、その時自分にできることを積み重ね、少しずつ世界を広げてこられた様子が伝わってきました。希望していた分野でなくても、そこで出会う人々とのコミュニケーションを大切にすることで、道は開けてくるのだと感じます。

取材・執筆

山田志保
福岡県生まれ。出版社、経営コンサルティング会社に勤務後、ライター・編集者として独立。大阪、東京で子育てをしながら活動。福岡にUターン後は介護にも直面し、新たな働き方を模索中。国家資格キャリアコンサルタント。高2女子の母。